「路地裏で学んだ世代間コミュニケーション術」

2015年01月28日

皆さんこんにちは。柴山式・人生前向き半生紀、第4話。

路地裏で学んだ世代間コミュニケーション術。小学生の頃の話です。

これはどういった事かと言いますと、僕が小学生の頃というのは昭和40年代です。

昭和40年に生まれているので、大体7歳位から12歳だから昭和47、8年から昭和52年位までが小学生時代だったのですが、その頃というのは小学校一年生の終わり頃なのですが、私は神奈川県の相模原というところから東京都板橋区の志村2丁目というところに来ました。

志村2丁目の2番地という一つの番地1区画あります。あそこは大体世帯数が20とか30とかあると思うのですが、その中でも大体半分位の世帯は子供が2人か3人いたので、大体一つの番地に子供は大体2、30にはいました。一クラスできる位いたと思うのです、一番地辺り。

人が多かったのでちょっと角を曲がると、子供がいるわけです。
当然、当時というのは2人兄弟か3人兄弟が普通だったのです。3人兄弟も結構いましたから、必ず一つの世帯お父さんお母さんがいたら子供が2人位いたのです。

1人という方が少なかった気がします。当時一人っ子と言っていましたけども、兄弟がいない子の方が少なかったと思います。1クラス40人位だったのです、僕らの時。その時、兄弟がいなかった子は、10人いたかどうか、ほぼ6割7割は2人ないし3人兄弟がいました。

1人友達がいたら弟妹がもれなくついてくるわけです。或いはお兄ちゃんお姉ちゃんがいるので、必ずちょっと世代がずれたコミュニケーションができます。

これがポイントで、僕が志村2丁目2番地にいた時にもやっぱりずらりと、幼稚園の年長位から小学校6年までいたのです。ずらっと。ほぼ各学年に1人以上いました。

6、7人でコミュニケーションするわけです。それで一緒に遊ぶわけです。その時にやっぱりリーダーは6年生です。年功序列があるので、6年生の子がリーダーになり、色々教えるわけです。

やっぱり、6年生か5年生がほぼトップで、4年生や3年生はいわゆる中間管理職で、上の子の顔色を見ながら。顔色を見るってある意味大事なのです、目上の人の言うこと聞く。やっぱり一番判断力がしっかりしているはずです。

逆に6年生や5年生は下の子達をちゃんと引き連れなければいけないので、しっかりするのです。これがまた自然と。いい格好をしたいでしょう。お兄ちゃん格好いいって言われたいので、僕も頑張りました。

2年生や1年生の時とはやっぱり違うのです。3年生や4年生になると下に後輩もできるし、1年生や2年生を見ると、おっかなびっくりでおぼつかないでしょう。ちょっと怖いなという感じがあって教えてあげるのです。

ちゃんと歩くときは車に気をつけろよと言うわけです。赤信号で飛び出すなと言うのです。僕が3年生や4年生位の時に。それは、上から言われてきている順々に。気をつけて、手を離したらだめだよとか。

僕は当時まあちゃんと言われていました。政行だから。まあちゃんの手を離さないからみたいな感じでやっていたわけです。みんなやっぱりニックネームがあるので、しんちゃんとか、きいちゃんとかあるわけです。

そんな感じでニックネームで呼んで、6年生の一番上の子それから6年生5年生がトップ。4年生や3年生中間管理職。僕も5年生や6年生になった頃には、上がどんどん卒業して中学になると変わってしまいます。

中学生は中学生のコミュニケーションに変わってしまうから、小学校6年生が卒業みたいなものです。5年生や6年生になると、下に5人位子分みたいなのがいるのです。そうするとやっぱり目を光らせないとまずいです。

なので、転んで泣いたりすると、どうした大丈夫と言ってちょっと家行って絆創膏取ってこようかと、転んじゃったから絆創膏と。或いは悪いことしてイタズラしようとしたら、これはだめだよ、みたいなことを本当にやるのです。

ちょっとした引率の先生みたいな感覚があって、ちょっとこれは誇らしいのです。
1年生から4年生位までの後輩です。ちゃんと自分がしっかり面倒見ないと、怪我したりしたら申し訳ないという気持ち、責任感が自然と芽生えます。

だから1学年ずつずれた少し上と下の世代とのコミュニケーションはやっぱりある意味責任感が増すのです。2、3年位の上と下だったらまだ話が合います。

これが10歳20歳になると、ちょっと離れているので話が合わないけれども、一つ二つ三つだったら合うでしょう。だから4年生位の時は楽しかったです。

上が6年生で話し合うし、その話を下の子に翻訳して分りやすく伝える。1年生2年生の話も聞けるわけです。6年生になるとさすがに離れているので、なかなか難しいけど、3年生4年生だったら親身に聞けるので、中間管理職の色々な立ち回りをしました。

そういった意味では僕は40年前だけど、僕が小学生の時は自然と世代間コミュニケーションが路地裏でできたのでラッキーだったと思います。今はかわいそうなのは、子供達が減っていますので、なかなか近所で見つかりません。

うちの娘も上の子は私立に行っているので、近所に友達がいません。
そういった場合はどうするか。

積極的にサークル活動とか、うちの上の子はバレエをやっていますけど、そういった他の学校の子が集まるようなところに行って、世代間コミュニケーションや同じ年代だけではなくて同級生1個上1個下みたいな年代をずらしたコミュニケーションも積極的に色々な場に顔を出してみます。

場合によっては親子でそういった東京ドームシティに行ってイベントに参加してもいいし、そういったイベントに参加したりします。

近所に関わらず、色々な所に出かけて行って子供たちを色々な世代の子に接しさせます。そして自分も一緒に、人が少なくなっていますが、色々な所に顔を出して積極的に人と触れ合います。

今は本当に40年前30年前と違って、近所に似たような世代の人が減ってしまっています。ちょっと上、ちょっと下そういったコミュニケーションをする機会が減ってきていると思いますので、意識して自分から色々なグループ団体活動に参加することがこれから求められると思います。

特に子供の時代、小学生の時代に中間管理職的な世代間コミュニケーションの橋渡しを学ぶと本当に今助かっていると思います。その時の感覚で自然にやってしまっているので、やっぱりコミュニケーションが楽です。

ちょっと上の人、ちょっと下の人とうまく情報交換する、これも大事です。

ぜひ今回の話、参考になさってみてください。

僕が子供の時は路地裏で世代間コミュニケーションができました。非常によかった時期なのだけども、今は今で意識してやればできると思います。

少し世代がずれた世代間コミュニケーションというそういったスキルもこれからリーダーシップを発揮したいとか、色々活動の幅を広げるには大事かなと思っています。

今回は以上で柴山式・人生前向き半生紀、第4話の話を終わりにしたいと思います。
ここまでお付き合い頂きまして誠にありがとうございました。