新聞で正しいのは日付だけ???

2015年09月17日

前を向いて歩こう、今回のテーマは。

『新聞が正しいのは日付だけ???』。

新聞が正しいのは日付だけ、このようなテーマでお話しをしていきたいと思います。

このタイトルは、ある意味、すごく風刺がかっていると言いますか、粋な感じがしませんか?
というのは、これは元々私が考えたタイトルではなくて、実は最近すごいなと、私が感嘆した本がありまして、これはもう今年のベストワンではないかと思う本に出会って、すごくありがたいと思ったのです。

本当に100万円クラスのセミナーにつぎ込むくらいならこの1冊の本でいいです。
あるいは、この本を100万円分買って配ったほうがすごく世の中のためになるだろうなと思っているのです。
100万円分のセミナーを受けるなら、この1冊で充分です、ということを、私がお勧めした本は、前にもお勧めしましたが、『いつも同じお題なのに、なぜ落語家の話は面白いのか』。

この本は本当にすごい本だなと思っておりまして、肩の力を抜いて読める、本当に役に立つ本、営業にも使えますし、コミュニケーションスキルと書いてありますが、コミュニケーションや話しの仕方の先が、向こう側に売るというところがあります。
ビジネスってやはり人様にモノを売ることや、サービスを提供する、売るという行為がすごく大事ですが、売ることが皆さん苦手なのです。

もっと、逆に言うと、物を売れる人というのは実はどこに行っても仕事に困らないです。
私がもし、会計士という資格がなかったら、一つ何かスキルを身に付けるとしたら売るスキルです。
売るスキルさえあれば他がなくてもなんとかなります。
ですが、売るスキルというのはコミュニケーションなのです。
ですから、話しが面白い。
話が面白い人の話しは聞くでしょう。
ということは、話しが魅力的な話しをする人というのは売れる人なのです、本来は。

ということで、この本に書いてあって、談慶師匠の本を読んでいて、すごく印象に残っている言葉に談慶師匠のお師匠さんの立川談志師匠というすごい方がいらっしゃいます。
この方の話しで「新聞が正しいのは日付だけでいい。」と。
そのように仰ったのか分かりませんが、「新聞が正しいのは日付だけだ。」というのは、要するに、新聞は他の情報はある意味、いい意味で疑ってかかりましょうと。
昔は新聞を疑えと。
政治を疑え、新聞を疑え、だと思いましたが、すごくいいコピーだったと思います。
いい意味で。

何から何まで嘘とは言いません。

ですが、新聞が伝えていることを必ずしも鵜呑みにしてはいけないのです。
自分でしっかり検証しなさい、検証、検討する姿勢を持ちなさい、という意味で、新聞が全て正しいと鵜呑みにしてはいけません。
新聞を書く人の主観も入るわけです。
というわけで、それを、粋に言ったのが「新聞が正しいのは日付だけだ。」。

素晴らしいです。
私はこの表現力には到底及びませんが、私がよく言うのは「新聞は何を言っていないのか、わからない。」。
私はこう言ってしまうのですが、立川談志師匠は「新聞が正しいのは日付だけだ。」。
それを、本でご紹介くださった立川談慶師匠に私は感謝したいのですが、本当にこれはいい言葉だと思います。
新聞は何を言っていないのかわからないと読み違えます。
なんで、このように言ったのしょうか?
これ、軽く小さく「絶対に正しいのは日付だけ。」みたいに書きましたが、何を言っているかというとです。

昨今、今、国会の前はデモ行進をやっています。
安保法案の可決の話しですごくデモがセンセーショナルに刺激的に、マスメディアはまた売れると思ってセンセーショナルに報道します。
国民の何%が行っているのか、という問題を言っていません。
デモの部分的なアップした画像だけ切り取るとすごいことになっていますけれど。
実は国会前以外はそこまで狂乱していないよ、という、冷めた目で見ている人もいるよ、という事を実はあまり取り上げられてない気がします。
あとはもう一つは国会の前に行くことが、デモというのは表現の自由の一つなので決して、否定はされません。

ただ、一つ私が心配なのは、デモの集会、集結されている方の構成です。
誰が行っているの、という。
あとはその前提として、どういう情報を持って行っているのでしょうか。
あとは何を意図して行っているのかというのがありまして。
若い方がいらっしゃいました。
高校生、大学生、若い方も行っていると思うのですが、その若い方の中に情報がちゃんと充分に練り直す、あるいは考える、そういった時間が持てたかどうかです。

なんとなく、私も若いときそうだったのですが、刺激的な情報を見ると、感情的に「おお。」と反応して、反応の勢いで行ってしまいます。
これはこれで時として、すごいパワーを生むのですが、そのパワーが、デモ行進に行ったときにまた、ある意味ドラマチックと言いますか、物事の本質から外れて、デモという、派手な状況だけが先歩きして、本当に審議すべきことが出来ない可能性がありますので。

私は若い方のデモ行進というのは場合によっては、若さ故というのもありますが、私も若い頃そうでしたが、感情的に反応して、「ガー。」と行ってしまうときは少し危険なので、その辺りで新聞の読み方をちゃんと学校で習っていますか、ということを話しています。

なかなか、学校では教えられない新聞の読み方だと思うのですが、新聞は何を言っているのか、皆さん読もうとしますが、何を言っていないのかがわからないと、本当は大人の新聞の読み方が出来ないと思います。

勿論、私も時事問題に関しては全部分かっているわけではありませんし、分からないことも多いです。
そんなによく分かっているわけではありません。
完璧に全部分かっているわけではありません。
池上彰さんのように解説出来るわけではありませんし、ただ、普通の通りすがりの一社会人です。
しかも、そんなに私は、たくさん物事を知っているわけではありません。
普通だと思います。

ですが、一つ言えることは新聞が何を言っていないのかという、新聞が敢えて言っていないこととか、意図を以って言ってないことを想像する経験はあります。
それによって、結構自分の身を助けたと言いますか、間違った判断をしなくて済んだと思っていますのでここは冷静に考えます。

それで、新聞は何を言っているかよりも、何を言っていないか、が分からないと読み違えます。
これは特に若い方、10代20代の方にこの読み方を知ってほしいのです。
なぜかと言いますと、あるコラムにあったのですが、新聞を若いうち、要するに、あまり自分の価値観がしっかりしていないうちに新聞を読むと間違うため、かえって読ませないという教育方針もあるのです。
新聞を読めばいいのではなくて、読むならば読み比べてください。
特に主張の違う新聞を2つ読み比べるというのはいいと思います。

ということで、新聞を読まない、何を言っていないのかが分からないと読み違えます。
なぜかと言いますと、新聞というのは、書く人の思想が入ってしまうのです。
その思想がある意図を持ってしまうと、情報の誘導にさえ成りえるのです。
実際、私は会計の専門家の立場で、情報がある方向に偏ってしまい怖いと思ったのが、消費税です。

別に消費税、上げる上げないの最終結論はいいのです。
どちらでも、実は言うと。
どちらがマシというのはありますが、上げようが上げまいがそんなに変わらないと私は思っています。
20年後30年後は。

でも、これは私の意見ですから。
上げなければならないという、そちらの論調からの報道が少し偏向しているのではないか、偏っているのではないでしょうか。
実は上げてもいいのですが、上げないというベースの議論もしっかり公平に出してよ、と。

偏るのです。
ある意図を以って。
「スポンサーの意向ですか?」とか、「その書いている方たちの思想的な背景ですか?」ということを、しっかり分かった上で読まないと若い方たちというのは反応しますから。

ただ反応することも大事ですが、反応するだけだと、誰かさんの意図に導かれると言いますか、踊らされてしまう可能性もありますよ、というね。

ということで、例の1。
例えば、言っていること。
消費税10%は当たり前として将来的にはもっと上げるという示唆を深めながら消費税上げなければならないです。
でも、その軽減はどうするのですか?
だけど、10%はもう前提になっていて、なぜ、10%を疑わないという、そういう方向に私は少し偏っているかなと。
別にいいのです。
議論をしっかり正しい情報を、プラスの情報、マイナスの情報、全て出して、手駒と言いますか、情報を全部晒した上で、10%なら私は何も言いません。

ですが、10%のデメリットであるとか逆に5%に下げる道はないのかという、公平な議論をちゃんと提案した上で、10%ならいいのです。
それをやっていないですよね、と私は思っています。
それは言っていないこと。

ですから、消費税10%は当たり前の風潮を作っています。
「誰が作っているの?」と、本当に10%かと疑うところからいきましょうよと。
それをやっていません。
でも、「もう10%だよねー。」、みたいなことを議論的には、議論さえしていません。
雰囲気的だけそうしておいて、「じゃあ軽減をどうする?」なんていう、枝葉に行ってしまっています。
軽減をするということは、新たな仕組みや団体が出来ますから、これ、天下り先の確保になりませんか?といろいろ議論も出来ます。
そういう話しをしていますか、ちゃんと。

もう一つ。
では、言っていない事とは何?
今10%は本当に必要、この議論をしたうえで、10%必要ならいいのです。

プロセスが大事なのです。

民主主義って、私が思うに。
議論させていますか。
充分させていません。
まずは、10%反対の論旨を敢えて張る主張も出さないとマズイのです。
私が知っている限りでは出していないと思います。
それを出した上で、10%にするなら構わないのです。
出してないで10%にすることにちょっと私は誘導を感じるなと思っています。

それから2つ目。
過去の2度の増税後、1989年と1997年です。
瞬間的によくなっていますけど、その3年後から税収がどーん、と下がっている、という事実を知っていますか、ということです。
これを知ってなおかつ、10%ならいいのです。
何度も言いますが。

過去2度の増税後は税収どーんっと下がっています。
一時的に上がります。
ですが、下がります。
その下がった理由を例えば、増税なのか、あるいはその後のバブル崩壊とアジア通貨危機という議論をしっかり、知っていますか。
知った上でやればいいのです。
それをやらないで途中ショートカットして、消費税10%いくのは、私は個人的に気に食わないと言っているのです。

こういった大事な議論はショートカットしてはダメなのです。
プロセスをしっかり吟味して。
ですから、10%に行くのはいいのですが、大事なマイナス情報を伝えないで、10%にいくことに私は実は今の報道の全体的な傾向に違和感があります。
なんか、誘導していません?
違ったらごめんなさい。
ただ、私は10%に上げることのデメリットも言ってほしいのです、しっかりと。

例えば、中小企業のデメリット、もろにありますから。
消費税上がって値上げされるのに、今まで通り、買うはずないのですから、基本的に。
値上げしました、同じだけ買ってください。
それある意味、おかしいでしょ。
マーケット原理を無視していますから。
値上げすれば買い引きするのは当たり前なのです。

これはミクロ経済学というものです。
ということは基本的には、過去2度の増税は買うもの控えるのですから、基本的に。
景気鎮静化になるに決まっているのです。
ということはちゃんとイーブンに言った上でやはり増税、となればいいのです。
ということで、これ1つ目。

では例の2つ目。
国会前のデモ。
「おー、すげーぞ。」って印象だけアップしてやっていますが、国民の何%が行っているんですかという話しです。
その地域とか。
あと、もう一つ、言っていないことがあります。
「誰がそれをけし掛けているのですか?」。
「誰がそれを推し進めているのですか?」。
「誰がそれを扇動しているのですか?」。
それを情報は分からない。
そして、もっと大事なのは、それをやることで得をする人は誰なの?
デモをやることで誰が得をするのですか?
純粋に使命感で行っている人もいますけど。

ちょっと考えて、実はこういうことって、ドラマでもありますね。
本気で行っている人は本気でしょうけど、本気ではない人もいるかもしれません。
これをやることで「しめしめ、ふっふ。」と思っている人がいるかもしれません。
わかりません。
ですが、そういう視点を大人がしっかり公平な立場で出してあげないと、私は、議論は公平ではないと思っています。

ですから、ショートッカトしてはいけない、ということです。
刺激的な結論だけ。
途中経過でいい情報も悪い情報も全部公平に並べた上で、判断するという手順は本来、新聞やテレビの報道がやるべきであって、結論を片方だけに偏らせて、結論ありきの報道は、私は公正なマスメディアだとするならば、それは、私は原理原則からすると、違うと思います。

私は個人的な感想としては、どちらかの結論に少し偏ったような情報の並べ方が少し目に付くと言いますか、多いのではないか、というのが私の個人的な心配です。
どちらの結論か、ということは個人の思想なのでいいのです。
問題は途中をショートカットして、特に若い人というのは途中のプロセスを抜いて、すぐにパーッと反応したがるところがありますが、これは若者の良いところでもあり、少し怖いところでもあるのです。

私も若いときそうでしたから。
私はさすがに年を取ってきましたので、途中のプロセスを疑ってしまいます。
この途中のプロセスを疑うとかマイナス情報を加味した上で、その結論に行くというプロセスや手続きをしっかり若い人にも踏ませるという意味では報道の責任があると思います。

ということで、今日のテーマ、報道の責任であって、それをうまくウィットを込めて言ったのが、「新聞が正しいのは日付だけでいい」。
すごく面白いです。

ということで、今回の私は政治的な主張というよりは、結論をどちらかに偏らせる、どちらの結論というのは、結論に至るプロセスの情報開示をしっかりやれば新聞や報道の役割はもっと公平になると私は個人的には思います。
是非、皆さん頑張りましょう。
ということで、ここまで聞いていただきまして、誠にありがとうございました。

私はいつもあなたの成功、発展、成長を心から応援しております。
ここまで、ご覧頂きまして誠にありがとうございました。