人生前向き半生紀第五話。

五番目の話、今回のテーマは、怒るとこわい体育の先生。これは中学生時代の話です。

当時、私が通っていた中学校は公立なのですが、結構不良の方が集まっていて、僕の一個上の方が、当時板橋の地域で僕の間では有名だった暴走族があるのです。

わりとその頃って学園が荒廃している、荒れていた時代で結構そういう問題があったのです。尾崎豊と僕は同じ世代です。知り合いではないですけど。

校舎のガラス窓を割って歩くとかよくそういう歌がありました。
金八先生の初期の頃なんて、学園モノがかなり脚光を浴びた時代で、中学生、高校生、結構悪がいっぱいいました。

ぺったんこのかばんを持って、確か取っ手のところに赤いテープを巻いていると、喧嘩買いますだったかな、どちらかなのです。赤だと喧嘩買いますで、白か青だと喧嘩売る。

結局喧嘩するんじゃんみたいな、よくそういう話があって、わりと日常的に喧嘩をあちこちでしているのです。

これもすごかったのだけど、僕が一年生のときに同年代の一年生で、女の子にモテるやつがいたのです。名前K君なのだけど、そいつがある日、昼休みに上級生に呼び出されて、目を腫らせて涙を流して帰ってくる、殴られて。本当に漫画みたいな世界がありました。

僕は野球部に入っていて、野球部にまたこれが不良が集まるのです。本当に。
なので、ピリピリしていました。

そういうところで三年間過ごして、それはそれである意味、自分の距離の置き方を学んだのですけども。喧嘩に強い方々とのつき合い方って、僕はそんなに強い方ではなかったです。でも対等には話をしたと。普通に呼び捨てで対等に話すのだけども。

僕の友達がある日突然不良に目覚めて、次の週になったら突然リーゼントみたいなことをして、柴山とかってくるわけです。

ついこの間、一緒に公園で遊んだのです、石蹴りかなんかして。公園で遊んでいたやつが突然目覚めて、一週間後に本当に見るからに不良、ボンタンって昔言っていましたが、履いてくるとか、急に友達が不良になったりする時代です。

うちの母親から後で言われたのですけど、うちは色々家庭環境があったので、政行が不良にならなくてよかったって、結構後で言われました。いつか不良になるのではないかと思ったらしいです。周りにそういうのが多かったから。

そんな中で学校の先生も苦労されたと思うのです。その中で特に怖かったのが体育の先生です。

化学の先生もちょっと怖かったのです。なぜか竹刀を持っているっていう、化学の実験で何で竹刀がいるのだと。その人の口癖が、それは秘密のアッコちゃんだって意味がよく分からない。でもどう笑っていいかも分からないっていう微妙な空気が流れていたのです。

秘密のアッコちゃんが好きな、しかもスキンヘッド。自然のスキンヘッドなのですけども怖い先生でした。竹刀をいつも持ち歩いていて、なぜ化学で文科系で竹刀か分からないです。

色々な先生がいた中で、体育の先生がやっぱり怒ると怖かったです。
一人は陸上部の顧問の先生、背が高い先生なのです。

ちょっと雰囲気的に松岡修造に似ているのですが、もう一人が、野球部の顧問で、私は野球で教わりましたけど、この人も怖かったです。空手の有段者で、すごく喧嘩に強そうでした。

体ががっちりして、アーノルド・シュワルツェネッガーを小さくしたような感じで、身長が170センチあったかないかで、背は高くないのだけども、がっちりしてびくともしないような体をしていました。九州の方なのですけど怖い。

普段はニコニコしているのですが、理不尽だと、やっぱりこっちも悪い事していると思ったとき、しまったと思って、だらけていると思ったときに来るわけです。

やっぱり当時だから、まだビンタとかがあったので、するわけです。本気ではやらないです。本気でやったら生徒がぶっ壊れるのが分かっているので、手加減しているなか、手加減してもバチンってくるわけです。

今思い出しても震え上がりますが、今はやらないです。そういう体罰禁止なので、30年以上前と違うので。雰囲気で怒ったら怖いよっていう人はいたのです、やっぱり。

体育の先生がそうでした。不良がいっぱいいる学校の中でもきちんと不良だった生徒たちを指導すると。

僕らの時すごいなと思って驚いたが、今でも覚えているのだけど、学校の校舎の中で、廊下と廊下の間に踊り場みたいところがあるのです。

そこに当時暴走族の上の方にいた人が、正座しているのです。しゅんとして。あれと思って、何だろうと思ったら、陸上部の顧問の体育の先生がきて、お前分かったか反省したかと言って、反省しましたとしゅんとしているのです。借りてきた猫みたいに。

あれは驚きました。普段こんなことをやっているのだけど、やっぱり学校の先生って強いのだなと思いました。今度から気をつけろよ、はい分りましたごめんなさいみたいな感じになっているのです。

凄い、学校の先生って聖職者だなぁと思って、偉いと思いました。40年近く前です。
当時中学二年の時、中三の先輩が、つめ入りを少し開けて、中に赤いのを着たりしているわけです。出していたわけです。

だけどやっぱり気にせずものともせず正座させて廊下に座らせていました。当時廊下に立たたされるとか普通にあったのです。今ないかもしれませんが、昔の話です。

そうやって怒られているというわけで、相手がどういう人であろうときちんと毅然とした態度で対処できるというのはすごいなと思いました。やっぱり当時は男の先生は特に、怒ると怖いよっていうオーラを持っている人が結構いませんでしたか。

今は平和な世界だから減っているかもしれないけど、やっぱりそうは言っても多少は、暴力はいけないけども。

例えば家の中では父親です。僕もお父さんなので、普段パパは優しいけど、何か悪いことしたと思った時に本当に怒ったら怖いのだよっていうところはやっぱり見せておいた方がいいと思います。

これは子供が大人を侮ってしまったら、舐めてしまったらやっぱり歯止めきかないでしょう。子供ってやりたい事とやっちゃいけない事の区別が曖昧なので、思わずやっちゃうのです。

その時にしまったと思った時に、親の顔色を見て怒っているというオーラを出すと、まずいと思ってごめんなさいってなるのだけれど、そこでニヤニヤヘラヘラ親がやっていると、なんだやっていいんじゃんと思って、子供がだんだんエスカレートして遂には大きな問題になって事故になったりするわけです。

やっぱり歯止めという意味では怒ったら怖いのだぞっていうオーラ、そういった雰囲気はやっぱりその部分、怖い部分は持っておいた方がいいと思います。特に男親が。

特に今は平和な時代なので、それを持ちづらいとは思いますけど、僕も意識しています。お父さんは怒ったら怖いっていうところは意識しています。それが子供のためだと思っています。それが抑止力です。

悪いことをしたら怒られるっていう抑止力。

本当に怒るかどうかは別なのです。

でも怒ったら怖い、悪い事をしたっていう判断。気晴らしで怒ったらだめなのです。
悪い事をしたらまずいと思ったときに怒ってくれる親ってやっぱり大事だと思うのです。

学校の先生もそうです。気を使うのも大事です。平和に解決するのも大事だけど、時にはしまったという時にビシッと言ってくれる方がありがたいこともあるし、僕は当時それで体育の先生を信頼していました。

悪いことをして道を外しそうになったら、叱ってくれるっていうある意味安心感があるので、信用できました。怖くてもやっぱり付いていくわけです。

怖いけど付いていくっていうそういう大人が、もしかしたら少し減ってきているのかもしれません。僕も反省の意味を込めて。

やっぱりずっと平和な時代できていて、やっぱりできれば争いをしたくない。
争いはしないけどやっぱり抑止力という意味ではオーラが必要です。

怒ると怖いぞっていう部分は持っておきたいなっていうのが僕の今の考えです。
だからパパが怒った怖いぞと。

ママが怒っても怖いのだけど、ママはいつも怒っているから、小さい事で。
いざという時にやっぱりガツンと。別に暴力じゃなくて、怒った時にビシッと言ってくれる大人がいるっていうのはありがたいと思います。

これは中学の時に思いました。野球部の先生が怖かったです、本当に。でもニコッと笑うとホッとするのです。笑ってくれるとホッとするっていう、そのギャップが。
緊張感があるのだけど、やっぱりそういった律するところがありました。

その時の体験が僕は大きかったと思います。
それが今のなりたい自分の一つの理想の大人の像っていうのがあります。普段は優しいのだけれど、悪い事をした時には怒ったら厳しいよって、厳しい一面も少し残した状態で優しく接する事です。

怒るこわい体育の先生、もしご参考になればと思いますが、私もこれからこういうことを意識したいと思います。

今回のお話、怒るこわい体育の先生という話を終わりにしたいと思います。
ここまでお付き合い頂きまして誠にありがとうございました。

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