自信のないときは安易に「わかった」とは言わない。

2015年05月17日

前を向いて歩こう、今回のテーマは「自信のないときは安易に「わかった」とは言わない。」こういったテーマでお話をしましょう。

基本的に私は、人を判断するときのマイルールがありまして。

人格としては人を認めないということは無く、皆さんそれなりにそれぞれの立場で価値はあると思っていますが、あるプロジェクトという特定の場面においては信用出来ない時があります。

やはりパートナーというのは。
それが何かというと、はっきりと感触的に「共通理解したな」と思えていない時に安易に「わかった」という人を私は信用していません。
これは難しいのだけれど、言ったらいけないという訳ではないのです。
ケースバイケースでここぞという時に、もうちょっと議論を深めたい時に「わかりました」と言われて切られてしまうのが私はすごく嫌です。
そうすると意地悪したくなってしまう。

「本当に分かったのね?じゃあ具体的にどこが分かったのか言ってみ?僕が何を意図して言ったか言ってみ?」と言って意地悪するとほぼ100%言えません。
それを私は納得していないのです。
別に「納得していないから教えてくれ」と聞くことは悪いことではないです。

私は簿記の勉強では「分かったつもりで先にいけ」なのです、そうしなければ先に進まないので、ケースバイケースです。
分かったつもりで先にいくのは勉強の時はそれでいいのです、早くいかなくてはまずいから。

しかし、人と人とが手を組んで大事なことをやる時に安易に「わかったわかった」と言われたら気持ち悪くなりません?
いますよね、そういう人。
分かったつもりになってしまったらいけないときがあります。

これは、相手がいることで大事な話をして「ここでちょっとでも認識のズレがあったら後で困ったことが起きるよ」というときにその状況が分からず安易に「わかりました」と言ってしまう人がいるのです。
これは自分で気づいていないからまた始末に終えないです。
気づいたほうが良いです。

私もその場の流れで「わかったよ」と言ってしまうことが何回かに一回あって「しまったな」と思った、自分も失敗しているからです。
だから、安易に「わかった」と言ったらいけないのです。

「わかった」と言いたい時ちょっと考えて下さい。

「待てよ、このわかったことに基づいて行動できるのかな?」と。
分かったと言って行動しない人結構多いですよね。
「言っていることわかりました、素晴らしい話をありがとうございます」と言って一週間後に聞いてみるのです。

「どうやった?」「やっていません」それは分かっていないじゃないですか。
私の定義から言って、行動が伴わなければ「わかった」とは言わないのです、本当は。
ただし、それを言い出すとあまりにも厳しい話なので、本当は私にとって「わかった」という言葉は「行動します」という宣言なのです。

だからそれを出来る人がいわゆる上位5%とかに入るのです。
別に無理しなくて良いのです。
「わかった」と言ってやらなくても良いのです。
別に私は咎めません。
でも本当は個人的には嫌なのです。
「わかった」と言って欲しくないのです。

私の話を「わかった」と言った時は「行動します」という宣言なので、本当は。
だから一週間後意地悪して聞くのです。
「あれどうだった?分かったって言ったよね、やった?」大体やってないのです。

最初はカチンと来たのだけれど、「まあそんなもんだよね、だから今のその地位なんだよ」と思いながらも、諦めています。
だから私に向かって安易に「わかった」と言ったら本当はマズいのです。

これ部下の方も聞いているかもしれないけれど、安易に「わかった」と言って行動しなかったら私はちょっとがっかりするので。
自分がそうしていますから。

なので、私はあまり「わかった」と言わないはずです。
「なるほど」とか「そうだね」とか、そこまでは分かったと。
しかし「完全にわかった」という言い方を私は安易にしません。
私は「わかった」と言うとき、本来は行動を伴わせるつもりでいます。

なので、打ち合わせで「わかった」と簡単に言う人は私個人的に好きではないです。
そして今後、もしこの動画を見た後に打ち合わせをする人は簡単に「分かった」と言わないで下さいね、良いですか?
軽いところは構わないけれど、肝心な所で「うん、わかりました」と言ったらその後は任せるので。

任せて出来なかった時に、「じゃあ分かってないじゃん」となった時に私は怒るのです。
「なんだよ分かってないじゃん、嘘つきじゃん」と。
なので、ちょっとでも疑問があった時には「わかった」と言わずに聞くことです。
これは基本でしょう?

話をしていて何かちょっと違和感があるなと思ったら「すみません私の理解が違うかもしれませんが、私はこう考えています」と言って欲しいのです。
ちょっとでもズレがあると私もわかるから。
「流れで言っているな」という時にちょっと止めて「ねえ柴山さん、ちょっとこれ僕こう思うのだけどどう思います?認識のズレがあったら教えて下さい」と言う勇気を持っている人こそ私は信用します。

分かりますよね。
安易に流れで「うんわかった、わかったよ」と言ってしまったら碌な事ないでしょう?
若い時は構わないけど私も20代、30代前半とかではないので、勢いでいけませんから。
いくこともあるけれど。
ここぞというところはやはりちゃんと理解するまで質問して欲しいのです。

そして面倒くさいから「わかった」というケースが半分以上あるのです。
世の中そうでしょう?
「うんわかったわかった」と言いながら「分かっちゃいないだろお前」というケースがあるでしょう?
そのニュアンスに気づいた時に私はちょっと機嫌が悪いのです。

ケースバイケースです、軽い時は構わないのだけれど、大事な時にそれをやられるとちょっと気分が悪い。
皆そうですよね。
ということで、ここは大事なところだなといったところで自信がないときは、安易に「わかった」とは言わないことです。

これ結構大事です。
後になってから「しまった」ということがあります。
「僕はこういうつもりで彼はこういうつもりで違った」ということがあります。
その認識のズレ、共通目標、方向性のズレが後で組織的なロスを生むわけですから。
ぜひ参考になさって下さい。

これ場合によっては妥協していい、いつもではないのです。
大体100の内10%です、1割か2割のここぞ、という時に妥協してはいけない時には「わかった」とは安易に言わないことです。
こういう感じで考えて下さい。

普段は適当でいいです。
適当な会話の時は「うんわかったわかった」と言っても別に怒りはしません。
ここでちゃんと認識しないとこの先大変だぞ、というここぞという日常生活の1割か2割かあるかどうかの時に、「ここは大事だよ」と私がニュアンスを出している時に、安易に「わかった」と言ってほしくないのが私の気持ちです。
私も言わないようにしていますし。

普段は言っています、「ああわかったわかった」と、それは状況次第です。
でも大事なときに自信が無い場合には、安易に「わかった」と言わずにちゃんと意思を擦り合わせる勇気を持ちましょう。
流れを止めてでも、「すみません、私今理解していないかもしれないので、もう一回確認していいですか?」と、もう一回確認するのです。

そのちょっとした慎重な気持ちが後々不要なトラブルを避けたり、物事をうまく展開させたりする事ができます。
自信のないときは安易に「わかった」と言わないのです。
これ私は結構大事だと思うのです。

ぜひ参考になさって下さい。
私はいつもあなたの成功を心から応援しています。
ここまでご覧頂きまして誠にありがとうございました。